【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第2節 銀梅花の香り [13]




 テレビで見たことはある。明け方の公園で、特に年寄りが集まってゆったりと身体を動かす。
 だがそれは、海を隔てた異国での景色だと思っていた。まさか日本の小さな公園で、太極拳などに精を出す老人に出くわすとは思わなかった。
 老人は一人。ただ一人でひたすらに身体を動かしている。
 早くもなく、力強くもない。ただ、驚くほどのバランスで細い身体を支え、揺らしている。
 どれほどの時間が経ったのだろうか?
 突然目が会い、聡はハッと我に返った。
 見入っていたと言うのだろうか? 見惚(みと)れていたと言うのだろうか?
 なんとなく気恥ずかしさを感じて、視線を逸らす。
 老人はその後もしばらく一人で身体を動かし、やがて手ぬぐいで身体を拭いて身支度を始めた。身支度といっても、上着を一枚羽織るだけ。
 傍の立水洗で手ぬぐいを濡らすと、ギュッと絞った。そうして、(おもむろ)に聡へと近づいた。
 視線を見合わせたところで、交わす言葉もない。気配を感じながらも、聡は気づかぬフリを装った。
 その首筋が、ヒヤリとした。
 思わずあげる視線の先で、老人がニィ〜と黄ばんだ歯を見せる。
「冷たかろ?」
 そう告げて、背を向けて公園を出て行ってしまった。
 項垂(うなだ)れた首筋に乗せられた手ぬぐい。ヒンヤリと冷たい。

 ……………

 こうしてたって、しょうがねぇよな。

 手ぬぐいを握って立ち上がる。

 開き直りのような、コザッパリとした感情。
 不思議だ。

 使い古して破れそうな手ぬぐいを片手に、駅へ向かった。
 もうどうにでもなれと自分に言い聞かせ、家の扉に手をかけた。
 鍵は、かかっていなかった。
 そっと開け、中に入る。
 母も緩も、眠っているのだろうか?
 当たり前だよな。まだ朝も早いし。
 しかし、それなら戸締りをしておかなければ危ないだろう。
 家族の無用心に助けられてホッと息をつき、そのまま二階の自室へ向かおうとした時だった。
「今、帰ってきたのか?」
 低い声が呼び止めた。
 振り返った先で、中年男性が見上げている。
 母の再婚相手。
 だが義父の泰啓(やすみち)は、叱咤を覚悟する聡へ向かって、すっと右手を出してみせた。
 ?
 手にするのは白い紙。たぶん大きさはA4だろう。
 怪訝そうに首を傾げる聡へ向かって、泰啓は笑った。
「来週、京都で空手の試合があるみたいなんだ。よかったら、二人で見に行かないか?」
 義父の突然の提案に、聡はただ情けなく口を開くことしかできなかった。







あなたが現在お読みになっているのは、第4章【男ゴコロ】第2節【銀梅花の香り】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第4章【男ゴコロ】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)