テレビで見たことはある。明け方の公園で、特に年寄りが集まってゆったりと身体を動かす。
だがそれは、海を隔てた異国での景色だと思っていた。まさか日本の小さな公園で、太極拳などに精を出す老人に出くわすとは思わなかった。
老人は一人。ただ一人でひたすらに身体を動かしている。
早くもなく、力強くもない。ただ、驚くほどのバランスで細い身体を支え、揺らしている。
どれほどの時間が経ったのだろうか?
突然目が会い、聡はハッと我に返った。
見入っていたと言うのだろうか? 見惚れていたと言うのだろうか?
なんとなく気恥ずかしさを感じて、視線を逸らす。
老人はその後もしばらく一人で身体を動かし、やがて手ぬぐいで身体を拭いて身支度を始めた。身支度といっても、上着を一枚羽織るだけ。
傍の立水洗で手ぬぐいを濡らすと、ギュッと絞った。そうして、除に聡へと近づいた。
視線を見合わせたところで、交わす言葉もない。気配を感じながらも、聡は気づかぬフリを装った。
その首筋が、ヒヤリとした。
思わずあげる視線の先で、老人がニィ〜と黄ばんだ歯を見せる。
「冷たかろ?」
そう告げて、背を向けて公園を出て行ってしまった。
項垂れた首筋に乗せられた手ぬぐい。ヒンヤリと冷たい。
……………
こうしてたって、しょうがねぇよな。
手ぬぐいを握って立ち上がる。
開き直りのような、コザッパリとした感情。
不思議だ。
使い古して破れそうな手ぬぐいを片手に、駅へ向かった。
もうどうにでもなれと自分に言い聞かせ、家の扉に手をかけた。
鍵は、かかっていなかった。
そっと開け、中に入る。
母も緩も、眠っているのだろうか?
当たり前だよな。まだ朝も早いし。
しかし、それなら戸締りをしておかなければ危ないだろう。
家族の無用心に助けられてホッと息をつき、そのまま二階の自室へ向かおうとした時だった。
「今、帰ってきたのか?」
低い声が呼び止めた。
振り返った先で、中年男性が見上げている。
母の再婚相手。
だが義父の泰啓は、叱咤を覚悟する聡へ向かって、すっと右手を出してみせた。
?
手にするのは白い紙。たぶん大きさはA4だろう。
怪訝そうに首を傾げる聡へ向かって、泰啓は笑った。
「来週、京都で空手の試合があるみたいなんだ。よかったら、二人で見に行かないか?」
義父の突然の提案に、聡はただ情けなく口を開くことしかできなかった。
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